nuclear

本:日本はなぜ原発を輸出するのか (2014)

鈴木真奈美(2014)『日本はなぜ原発を輸出するのか』、平凡社新書。 筆者は、フリーランス・ジャーナリストであり、英語と中国語の翻訳者である。彼女は核をめぐる問題に積極的に取り組んでおり、代表的な著作として『核大国化する日本——平和利用と核武装論』(2006年、平凡社新書)や「『フクシマ・エフェクト』:『脱原発社会』への道を歩み出す台湾」(『現代思想』、44(7)、194-204)などが挙げられる。 本書で扱われるのは、「原子力輸出」である。東日本大震災、福島第一原子力発電所事故から7年を迎える今日も、特に原子力発電をめぐる国内の政策や事故後の情況、放射線防護に関わるテーマに関してすでに数多くの研究、出版、シンポジウムなどが行なわれている。一方で、「原子力輸出」に関しては未だ十分に光が当てられていないといえるのではないだろうか。本書では、外交、経済、地球温暖化問題、エネルギー政策、核武装問題など様々な要素が絡み合った「原子力輸出」という事象を、以下に示す目次の通り、概観することができる。 第1章 福島原発事故と原子力輸出 第2章 原子力輸出の歴史 第3章 本格的な原子力輸出への始動 第4章 公的融資と地球温暖化問題 第5章 原子力輸出の実際——四つの事例 (評者注:中国、インドネシア、台湾、アメリカの事例が扱われる) 第6章 核エネルギー利用からの脱却をおわりに 巻末資料 ところで、マスメディアなどでは「原発輸出」という言葉がよく使われる。一方、鈴木はあえてこの言葉を避け、「原子力輸出」という言葉を使う。その目的は、輸出されるのは原子力発電所というものだけではなく、「原子力プラントと、それに関わる一連の核エネルギー技術の移転、それらを利用するための制度等の導入の支援、人材育成支援、資金調達支援、そして契約によっては原子力発電事業など」(p. 14)も輸出されることを強調するためである。また、原子力を輸出することにおいては、国が長期的に法・財政的な保証人、あるいが核拡散に関わる規制・管理の保証人にならなくてはならない。 では本書から、現在福島第一原子力発電所事故はどのように「原子力輸出」に影響を与えたのであろうかということに注目してみよう。事故直後、一旦は全機停止の措置がとられた国内の原子力政策に対して、「原子力輸出」はすぐに継続が目指された。2005年の自民党小泉政権から本格化した「原子力輸出」は、紆余曲折を経ながらも、2010年10月に民主党・菅直人政権の際、ベトナムへのプラント輸出契約を取り付けることに成功した。しかし、2011年3月の福島第一原子力発電所事故によって、原子力発電所がすでに設置されている国々では、国内における新規建設が難しくなり、原子力産業の国内市場には厳しい風が吹いた。そこで、「原子力輸出」による原子力産業の海外市場への進出がさらに強く目指されるようになったのである。特に2012年12月に発足した第二次安倍政権は、アベノミクスの成長戦略の一つに「原子力輸出」を据えて、事故の経験から「世界最高水準の安全」が提供できるという。国内のエネルギー計画の策定に先行して「原子力輸出」の契約を受注することは、「原子力輸出」のために国内の原子力産業の維持しなくてはならないというロジックが生まれることを筆者は強調する。 ここでは紹介しきれていないが、本書では、1950年代に始まる「アトムズ・フォア・ピース」演説以降の日本が輸入国であった時代から、国際貢献や環境問題対策をいう名目で日本が原子力を輸出する現代までを俯瞰しながら、その過程や四つの事例、さらに核拡散問題までが扱われている。これまで注目されてこなかった「原子力輸出」は「古くて新しい問題」(p. 16)である。このような視点から、本書は社会における「原子力」をめぐる問題について新しい切り口を見せてくれるだろう。 Masatoshi Inoue, EHESS (L’École des hautes études en sciences sociales, France)

本:放射線被曝の歴史-アメリカ原爆開発から福島原発事故まで

本:放射線被曝の歴史-アメリカ原爆開発から福島原発事故まで

“今日の放射線被曝防護の基準とは、核・原子力開発のためにヒバクを強制する側が、強制される側に、ヒバクはやむをえないもので、受忍すべき ものと思わせるために科学的装いを凝らして作った社会基準であり、原子力開発の推進を政治的・経済的に支える行政手段なのである。”(本文より)

FILM: Hiroshima (1953)

FILM: Hiroshima (1953)

Sekigawa, Hideo. 1953. Hiroshima. Feature Film. Hiroshima begins with a scene in a middle school classroom in 1953 where students’ misunderstandings of radiation and leukemia have led to discrimination against victims. By foregrounding issues of discrimination and the lack of

ARTICLE: Chernobyl’s Survivors: Paralyzed by Fatalism or Overlooked by Science? (2011) [Japanese]

ARTICLE: Chernobyl’s Survivors: Paralyzed by Fatalism or Overlooked by Science? (2011) [Japanese]

Petryna, Adriana. 2011. “Chernobyl’s survivors: Paralyzed by fatalism or overlooked by science?” Bulletin of the Atomic Scientists 67 (2): 30 -37. DOI: 10.1177/0096340211400177. Available at http://bos.sagepub.com/content/67/2/30.abstract. チェルノブイリ原発事故後のウクライナで調査した人類学者の論文。要旨は、国連などの放射能被害調査では、「危険性への誤った見解から生じるストレスが被害を甚大化させた」という論調で被害の決着化を図るが、1)そのような結論は被曝を回避するためにとった人々の行動と努力を無力化する、2)日本の原爆被害調査を鑑みれば、結論を出すにはさらに長期間を要する、3)ソ連崩壊・市場経済導入で長期にわたるデータ収集が断絶された、4)安全な被曝限度は時代と政治体制の文脈で変化する、5)被害補償を求める身体の政治化が継続している、などの理由で、放射能被害を今後も直視し続ける必要がある、と主張。 This is an article by Adriana Petryna, an anthropologist who conducted field work

ARTICLE: Chernobyl’s Survivors: Paralyzed by Fatalism or Overlooked by Science? (2011) [English]

ARTICLE: Chernobyl’s Survivors: Paralyzed by Fatalism or Overlooked by Science? (2011) [English]

Petryna, Adriana. 2011. “Chernobyl’s survivors: Paralyzed by fatalism or overlooked by science?” Bulletin of the Atomic Scientists 67 (2): 30 -37. DOI: 10.1177/0096340211400177. Available at http://bos.sagepub.com/content/67/2/30.abstract. This is an article by Adriana Petryna, an anthropologist who conducted field work in